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血統のはなし〜サンデーサイレンス編

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みなさま競馬カフェ「シーザリオ」へようこそ

本日も美味しいコーヒーがご用意できています

カランカラン

「あっ、お客様でございます。どうぞごゆっくりしてくださいませ」


リナ
マスターこんにちは!

これはこれはリナ様、今日も営業でございますか。

リナ
そうです。いつもの時間調整です。

先週は競馬の方はいかがでしたか?

リナ
それがね、急用ができて全然できなかったんですよ。

でも函館がどんなところかは、テレビでみましたよ。

スタンドから見る景色が最高ですね。

向こうに海が見えて、とっても素敵でした。

トモアキくんたちはどうだったのかなぁ。

まだ今週は見えていませんね。

リナ
今週こそは競馬を楽しみたいなぁ。

左様でございますね。今週は宝塚記念ですからね。

リナ
宝塚?ってあの宝塚?

夏のグランプリと言われ、ファン投票で出走して欲しい馬を選ぶG1レースなんです。

しかし時期が時期だけに有力馬は夏休みに入ってしまったりで、

なかなか頭数が揃わないんでございます。

それに今回はG1を5勝し、春の古馬3冠に王手のキタサンブラックが

出るんでございますよ。

ちなみに宝塚は、阪神競馬場の所在地が宝塚市なんでございます。

リナ
へぇ、キタサンブラックってG1を5勝もしてるんだぁ。

はい、現役最強馬でございます。

リナ
確か、父はブラックタイドでディープのお兄さんでしたよね?

リナ様、よく覚えておいででございましたね。

今日はブラックタイドとディープインパクトの父であるサンデーサイレンスの

お話をいたしますか?

リナ
ぜひ聞かせてください。

それでは、

サンデーサイレンスは1986年に生まれ、14戦9勝で引退しました。

サンデーサイレンスは、父ヘイローの産駒はどちらかというと、芝で活躍していたんですね。

アメリカはダートが主流だし、サンデーサイレンスの牝系には活躍馬がいなくて、

周りからは走らないだろうと見られておりました。

しかし、ストーン牧場のハンコックは、

牝系をさかのぼれば優秀な牝馬にたどり着くことを知っておりました。

そこでハンコックは「サンデーサイレンス=日曜の静寂」と名付け、

つまり日曜の礼拝の静けさを指していたんでございますね。

サンデーサイレンスはデビュー前から、波乱万丈の人生、いや馬生を送り、

2度も死地をくぐり抜けたのでございます。

さらにセリでは5万ドルの希望価格にも届かず、3万2000ドルで主取り、

つまり自分で持って帰ってきたんでございます。

リナ
えぇ、なんかかわいそうな馬生だったんですね。

もっとエリートのキラキラしていたのかと思いました。

その後、ハンコックは3万2000ドルの半分、

1万6000ドルをウィッティンガム調教師に譲り、

ウィッティンガムはさらに半分の8000ドルを、

ニクソン大統領の主治医ゲイラード医師に託したのでございます。

ウィッティンガム調教師は貧しい境遇から、全米調教師ランキング1位を7度も取った名伯楽だったんでございますね。

共に同じような境遇だったサンデーサイレンスとウィッティンガム調教師の出会い。

その後、素晴らしい人生の幕開けだったんでございますね。

リナ
うわぁ、またまた素敵なおはなしですね・・・

ウィッティンガム調教師はじっくりサンデーサイレンスを鍛え、

1988年10月30日、日曜日のサンタアニタ競馬場。

ダート6.5ハロン(1300m)の未勝利戦でデビュー。

ハンコックはサンデーサイレンスと名付けた時から、

日曜日にデビューすることを考えていたのでしょう。

レースは12頭立てで2着に負けたデビュー戦でございました。

続く第2戦はハリウッドパーク競馬場で行われたダート6ハロン(1200m)

10頭立ての未勝利戦。なんと10馬身ちぎる圧勝で初勝利。

この日も日曜日でございました。

アメリカの主要競馬場は水曜日から日曜日の週5日開催が基本で、

主要レースは土曜日に行われることが多いのでございます。

しかし、サンデーサイレンスの全14戦で

三冠レースなど土曜日出走の4回以外は、

なんと日曜日には7回出走しているのでございます。

ハンコックの日曜日へのこだわりはすごかったでございますね。

リナ
サンデーサイレンスって名前素敵ですよね。

そこにハンコックのそんなこだわりが、

あったなんて面白い話ですね。

その後、サンデーサイレンスは3歳になると、

サンタアニタダービーに年明け3戦目で迎え、G1初挑戦で2番人気。

ついにここでサンデーサイレンスの素質が全開になるんでございます。

3コーナーから4コーナーへ馬なりで先頭に立つと、

後続を寄せ付けず、なんと11馬身も引き離して先頭でゴール。

サンタアニタダービーの歴史の中で最大の着差でございました。

リナ
11馬身?すごいレースですね。何mくらいなんですか?

そうですね。だいたい26mちょっとでございますね。

そしてウィッティンガムはこのレースを見て、

第115回ケンタッキーダービーへの出走を決断し、

チャーチルダウンズ競馬場に向かいました。

15頭立てで争われ、サンデーサイレンスは一躍有力馬になりました。

しかし、そこには2歳チャンピオンの「イージーゴーアー」が出走していたのでございます。

イージーゴーアーは3歳になって、3戦3勝。

2着馬につけた着差の合計が24馬身3/4という物凄さでございました。

イージーゴーアーの単勝オッズは断然の1.8倍。

一方サンデーサイレンスは4.1倍の2番人気。

馬場は前日の雨が残って、「重」馬場。

4番手につけたサンデーサイレンスが直線を向くと、左右によれながらも

力強く駆け抜け先頭でゴール。

ライバルのイージーゴーアーは猛然と追い込むも2馬身半を詰めたところがゴール。

リナ
最後の直線でよれたのは、どうしてなんだろう。

それは騎手のヴァレンズエラによりますと、スタンドと内馬場からの轟く

別々の歓声に驚いたようななのでございます。

リナ
そうなんだぁ。馬は臆病だし、今までそんな音を聞いたことなかったんだもんね。

そしてサンデーサイレンスは、中2週で二冠目のプリークネスSに出走。

レース6日前に右前挫石で黄信号が灯ったのですが、

2日前になんとか出走態勢を整えたんでございます。

そしてここでも、ライバルイージーゴーアーが立ちはだかり、単勝1.6倍の1番人気。

サンデーサイレンスは直前の怪我が嫌われたか、3.6倍の2番人気。

レースは3コーナー手前にいたイージーゴーアーが外から一気に先頭を奪い、

その煽りを受けて4番手にいたサンデーサイレンスが2、3馬身の損。

すぐに立て直して、追撃。

4コーナー手前では、ライバルをクビほどかわして、先頭に出たが、

イージーゴーアーが今度は負けないぞと、直線半ばでわずかにリード。

サンデーサイレンスも負けじと怒涛の末脚を繰り出し、

最後にハナだけ前に出たところがゴールでございました。

リナ
聞いているだけで、もうドキドキします。

サンデーサイレンスは勝負強さと闘争心が、

際立っていることを証明したレースでございました。

それは2度にわたる死期を、くぐり抜けてきた精神力が、なせるわざだったんでしょうね。

そしてついに三冠に王手をかけたサンデーサイレンスは、

ベルモントSへ向かったのでございます。

ベルモントSは先日エピカリスが、惜しくも出走取り消しをしたレースでございますね。

出走頭数は10頭。

サンデーサイレンスは単勝1.9倍の1番人気。

一方イージーゴーアーは2.6倍の2番人気。

ついにサンデーサイレンスは人気でもイージーゴーアーを上回りました。

ドラマはやはり、3コーナー過ぎからおきました。

サンデーサイレンスが外から先頭に立つと、イージーゴーアーが連れて動いて

さらに外から先頭に立ちました。

そこからイージーゴーアーの意地の独走が始まり、三冠目はサンデーサイレンスに

8馬身差の着差をつけて2歳馬チャンピオンの意地のゴールをしたのでございます。

リナ
ライバルがいるとお互い燃えるんでしょうね。

そしてお互いはそれぞれのレースを使い、

11月4日ガルフストリーム競馬場で再び戦うのです。

それはブリーダーズCクラシックでございます。

ここでもイージーゴーアーが1.8倍の1番人気。

サンデーサイレンスは3.0倍の2番人気。

レースは8頭立てで行われました。

3コーナー手前でイージーゴーアーがサンデーサイレンスの外から

馬体を併せにいったが、サンデーサイレンスが仕掛けるとついて行けなかった。

サンデーサイレンスは残り200mで先頭に立つが、

イージーゴーアーも意地で追い込んできてクビ差まで詰め寄った。

内容は完勝でブリーダーズCを制しました。

ここまで4度の対決で、全て2番人気の馬の方が勝利したのでございます。

リナ
サンデーサイレンスの物語には、ライバルのイージーゴーアーの物語でもあるんですね。

サンデーサイレンスは1990年の7月15日に引退発表をいたしました。

ハンコックは総額1000万ドル(25万×40株)で種牡馬シンジケートを

組もうとしましたが、なんと数口しか集まりませんでした。

種付け料5万ドルで申込者を募っても、応じたのはたった2人だけでした。

やはり血統には魅力を感じてもらえなかったのでございます。

そこで手を挙げたのは、社台ファームの創業者吉田善哉氏でございました。

吉田氏は90年3月に25%の権利を250万ドルで購入したいたのです。

そして引退直後の8月に1100万ドル(当時の約16億5000万円)で

全権利を購入したのでございます。

こうして稀代の種牡馬が日本にやってきたのでございます。

リナ
そんな話があったんですか。もしそのままアメリカで売れていたら、

今の日本の競馬どうなっていたんでしょうね。

確かにそう考えると、ちょっと怖いですね。

吉田氏は現役時代から、サンデーサイレンスの血は日本の馬場に合うと

踏んでいたんですから、すごい人でございます。

リナ
そうやって日本に来たサンデーサイレンスから、

ブラックタイドが生まれ、翌年ディープインパクトが生まれ、

今サンデーサイレンスの孫がレースで走っているんですね。

やっぱり競馬っていいなぁ。

ワクワクしちゃう。

えっとぉ、ブラックタイド産駒はキタサンブラック、

ディープインパクト産駒はミッキークイーン

孫の対決も楽しみですね。

競馬はブラッドスポーツと言われる所以でございますね。

リナ
あっ!こんな時間!行かなきゃ。マスターごちそうさまでした。

はい、気をつけていってらっしゃいませ。


日本の競馬を席巻したサンデーサイレンスのおはなしでございました。

お時間がある方は、当店「シーザリオ」にぜひお寄りくださいませ。

またの機会をおまちしております。

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